◆テニスから目をそむけた日



高校を出たみゆきさんは、スポーツ選手の体調維持を支えることを学ぶ為にスポーツの専門学校に進む。「講師たちが現役の、オリンピックとか一流選手のトレーナー集団だったんです。まだ競技をやりたいけど、その先は競技に関わる専門職に就きたい子たちが、集まる学校だったんですね。

 

 

部活も盛んでしたね。テニスだけじゃなく、他の運動部も、確実に結果を出していて」

ただ、強い選手になるよりも。トップクラスのトレーナーたちが持っている、桁外れの知識を身に着けた選手の方が、競技だけじゃなく、人生全体に関して、しなやかに強い選手でいられる。



「在学中は、ずっと緊張していましたね。常に、胃がキリキリしていた。一切の甘えが許されないんですよ。選手として一生過ごすこともできないし、トレーナーとして第一線で活躍するのも甘くない。俺たちの知識を世襲させるつもりでやるから、ついて来られないなら辞めなさいという感じ」



何百人もいた同期生が、卒業時には、1桁にまで減っていた。「成功させる、やり遂げるための可能性を、1%でも逃したら、成功は絶対できない。すべてのことに、1ミリも手を抜くなと言われました。もしできないなら、できない理由を、ひとりで抱え込むのではなく、ちゃんと専門家に相談しろと」



そしてもうひとつ、みゆきさんの胸に、痛烈に刺さっている言葉がある。「人の能力は、いつも一緒にいる人間の、平均値で決まるんだとも言われましたね。だからトップクラスの人間の中に身を置けと」



何をやるかより、誰とやるか。力をつけるにあたっての、人との「関わり」を叩き込まれた。「だから今も、『この人すごいな』とか、『この人、気になるな』って思ったら、自分からどんどんコンタクトを取って、会いに行くようにしています。

 

 

海外の人にも、SNSを通してアクセスしますね。『自分はあなたからこういうことを学びたい』って言えば、『こういう形で毎月レッスンしているよ』みたいな答えが返ってくる」



「知りたい!」って思ってから「知る」に至るまでの、スピード感が半端ないと、人にも言われるのだとか。「思い立ったら3秒後には連絡しちゃったりするので(笑)。何か企画がひとつあって、それが実現すればこういうふうになるな!って勝手に想像すると『楽しいじゃん! やるしかない!』ってどんどん気持ちが盛り上がって、人に声かけて、巻き込んで、広げていくんです」



そんなみゆきさんの今のあり方を、大いに育んだ専門学校を出る頃、彼女はしかし、大きな壁にぶち当たる。「ライフスタイルが変わったというか。『まあ、いいや』が多くなりましたね。特に、食事。今までは学食で、管理栄養士さんが作ってくれてたけど、それがなくなってみると、料理力がなさすぎて、お惣菜とかに逃げ始めて」



環境の変化に敏感なみゆきさんの身体に、どんどん疲労が溜まっていく。「引っ越し屋と、テニスコーチのバイトと、コーチとしての練習と、選手としての練習。その切り替えがうまくいきませんでしたね」



収入面で段々と引っ越しバイトに打ち込むようになる。「昔は、目標のためにガッと集中できたけど、『今は仕事もあるから仕方ない』って思うようになって。その『仕方ない』が、自分でも許せなくて」成績も、下降線をたどった。

 

 

「勝ち負けで、ポイントがつくんですよ。1年間の総合ポイントでランキングが決まるんです。前まではそれを一心に目指してたんだけど、だんだん、目標設定が低くなっていって。『試合を楽しめればいいや!』みたいな。勝つことに執着しなくなっていくんですね」



当時の彼女を支えていたのは、ポイントのつかないイベント試合でも、試合会場のベンチに座った時だけ味わえる、「まだ自分は選手としてやれている感」だった。



「ひと握りの安心感にひたっていましたね。勝つための練習なんて、全然できてないし。自分の思うプレイができなくなって、それは自己管理ができていない自分のせいだから、自己嫌悪でさらにイライラして」



あんなに愛した仲間たちとも、見えない壁が、できてしまった。「所属していたクラブの選手登録が切れたのが27歳。とはいえその後もクラブで変わらずコーチもして試合にも出ていたけど引っ越しの仕事の割合が多い日々でした。

 

 

考えないようにしていたけれど、時々思うんです。この先の人生どうなるのだろう?

自分のことなのに曖昧だった、ちょうどその頃テニスから目を逸らし始めたきっかけがあったんです。

 

 

「テニスのコーチとして、ジュニアの選手に接すると、お弁当を開けてみたら炭水化物しか入っていなかったり、水筒の中身はコーラだったりするんですよ。私たちは小さい頃から体調管理を叩き込まれたけど、一般の人たちはそういうことを、教わる機会自体がないんだということに、ここで初めて気づいたんです」



このお弁当メニューは、よろしくないです。みゆきさんがそう告げると、選手の母たちは、じゃあどういう弁当がいいのか尋ねてくる。



「テニススクールが終わった後、お母さんたちに、『ごはんおごるから、教えて!』って言われて、近くのファミレスで相談会みたいなことになるんですね」



母たちは、子どもの力になりたくて懸命である。ただ、その術を知らないだけなのだ。みゆきさんはいつしか、自分が知っている「術」のすべてを、広くシェアすることができないものかと模索し始める。

 

 

「それでお母さんたちがスクールの校長に話を通して、選手の体調管理について考える場が生まれたんですね」やがてその取り組みが行政に伝わり、保護者を中心にした体調管理講座と、大人たちも身体を動かすことを楽しめる、レクリエーション・スポーツのイベントなどを、みゆきさんは次々と企画し、発信した。



「子どもたちについてもそうですけど、ご自分の体調についてのご相談も多かったですね。お母さんたちも、かつて何らかの競技をしていて、最近ママさんバレーが楽しくてならないんだけど、体力が続かなくて困ってる、とか」



負担ではなく、楽しく、まるで部活みたいに、スポーツと一緒に生きていく方法について。みゆきさんの軸足が、ついにそこに据わったのだ。



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