【くりきみゆきさんのライフ・ストーリー】

 

彼女には、夢がある。紆余曲折、酸いも甘いも苦いも辛いも、喜びも悔しさもたっぷり味わってきた、今の彼女だからこそ描ける夢が。



「腸happyライフトレーナー」を名乗り、規模は問わず、スポーツと生活の両立を目指す、すべての人を支えようとするくりきみゆきさんの、今とこれまでについて聞いた。




◆「両立」は必ずできる!



スポーツ人口。そして、スポーツ人生。世界規模で活躍するアスリートから、ママさんバレーに勤しむお母さんたち、ゴルフのことなら何時間だってしゃべっていられる

お父さんたちや、太極拳で身体を整えんとするおじいちゃんおばあちゃんまで、あらゆる人が、あらゆる関わり方で、「スポーツ」と共に生きている。

 

 

くりきみゆきさんもその一人だ。幼いころから、テニス一筋で若い日々を過ごし、けれど競技生活の充実と、日々の生活を支える仕事との両立に悩み、年と共に調子が落ちていく身体にも翻弄され、心と身体のバランスの大切さを、常に思い知りながら生きてきた。



「26歳までは、お金をもらいながら選手活動をしていたんですけど、それは道具とか、試合に出るための必要最低限の費用だったので、それ以外の部分は、引っ越し屋さんで働いていました」

 

先輩の指示に反応し、反射的に身体を動かす引っ越し屋のバイトは、さまざまなアスリートの巣窟だったそうだ。「仕事でやっと休みを取れて、さあテニスができる!ってなっても、仕事で疲れ果てちゃってるんですよね。好きで始めたテニスを、嫌いになった時期があって、30歳で、仕事も競技も、全部辞めたんです」



けれど「競技にすべてを注ぐ」でも、「競技生活に見切りをつける」でもない、「ライフスタイル」としてのスポーツとのつきあい方を、かつて共に荷物を運んだ海外のアスリートから知らされる。



「家庭があり、仕事があり、競技がある。それらのバランスをうまく取るために、どれか1つだけでめげてしまわないだけの、体力づくりが大切なんだと思いました」



だから今、彼女が広めていきたいのは、スポーツも仕事も、両方やっても、へこたれない身体作りの方法についてだ。

 

「それと、やっぱり競技生活を終えてからの、アスリートの次の生き方についても考えたい。30代まで競技をやってきた選手って、いざ引退となると、行き場がないんですよ。何らかの仕事に就こうとしても、『この年になるまで、好きなことだけやってきたんだねー』って言われちゃう」



自分の人生の一部であったスポーツを、かなぐり捨てないと前へ進めない人生。



「私もそうですけど、子供の頃から競技をやってきたから、それが生きがいというか、生きる意味になってるので、それを奪われると、鬱々としちゃうんですよね。でも、そうじゃなくて、自分の生きがいの選手活動を、一生涯続けていけるように、早い段階から、競技に対する視点を整えておくんです」



「白か黒か」ではない、「グレー」の可能性。グレーには限りなく、さまざまな濃淡がある。その人に合ったグレーを、探りあてて提案する。そんなやりとりが、今のみゆきさんのライフワークだ。



「選手であることが、私にとって、一番生き生きしていられるし、一番やりたいことなんですよね。仕事で嫌なことがあっても、テニスコートに足を踏み入れた感覚とか、ボールを打った時の音とか、それを思い浮かべるだけでも、最高のリラクゼーションなんです。何があっても、帰れる場所。それが私にとっての、競技スペースですね」



大好きなスポーツがあって、それに取り組む仲間がいて。練習が終われば、近くのファミレスで、そのスポーツについてわいわいと、いつまでだって意見を交わせる。まるで学生時代の部活みたいな、そんなコミュニティ作りを、みゆきさんは目指しているのだ。


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